美少女でべそ蘭 2

2020年10月10日

「はい、チャイムなってるよー、席に戻ってー」
 新一年生というのはかわいいものだ。一度声をかけるだけでざわざわしながらもみんな席に着くのだから。これがいつまで続いてくれることやら、と担任の手塚は軽いため息をついた。
 愛すべき子供達の期待に満ちた瞳に見つめられながら手塚はホームルームのテーマを切り出した。
「今日はクラスの委員と係を決めます。黒板に書いていくからやりたいのを決めておいてね」
 うえーだのやりたくねーだのいう子供達の声を背に委員と係を板書していく。学級委員、議長、書記…いろいろなところで子供達が反応する。
「俺、体育委員いいかも」
「えーめんどくせーべー」
「ライン引きだけやりてえ」
 勝手なことを言っている。
 女子は女子で、
「購買委員ってパン売ったりするのかな」
「消しゴムとかじゃない?」
「注文すればマンガとか仕入れられるかな」
「それやるなら図書委員でしょー」
 勝手に盛り上がっている。
 板書を終えると手塚は説明を始めた。
「はい、これで全部です。男女一名ずつでやってもらうから必ず全員どれかで掛け持ちはなしね。小学校とあまり変わらないと思うけど、名前で大体の仕事はわかるかな。立候補があるか順番に聞いてくから、多かったらジャンケンね。余ったのもジャンケン。聞きたいところのある人ー?」
 学習係ってなんですか、美化委員ってなんですか、と質問が飛ぶ中、誰かがぼそっとつぶやいた声が不思議に教室中にひびいた。
「保健委員だけはイヤだよな」
 一瞬、みんなの頭の上に?が浮かぶのが見えたような。それに答えるかのように、声の主は淡々と続けて言った。
「だってさ、うんことかおしっことか集めたりすんだろ」
 う、という呻きの後、教室は大騒ぎになった。
「あ、あたし給食係!」
「俺、選挙委員!」
 保健委員だけは、という思いの下でクラスが一丸となっている。こんなんで心を一つにされてもなあ、と手塚は思ったが、こうなってしまったからには仕方がない。
「はいはい落ち着いて。とにかく順番に決めていくから。まずは学級委員!」
 はいっとつられて手を挙げた男子が数名、女子は来徳リラただひとりである。やる気まんまんのリラは「まったくみんな子供なんだから」と上から目線でつぶやいていたが、「だったらオトナのリラさんが保健委員やったらー」というツッコミに「そういう問題じゃないのっ」と頭のてっぺんから出たような声で反論。うんこひとつで(集めるとなればひとつでは済まないが)大変な騒ぎである。
 手塚は「そんなにうんこがいやかしらねえ」と思わないでもなかったが、余計な事は口にせず騒ぎまくる子供達をさばいていく。
「はい、手を挙げた人はジャンケンよジャンケン。文句なし。勝ち残った人が当選ね」
 大騒ぎの中、ジャンケンを繰り返して男子の学級委員が決まった。
「よっしゃあ、これでうんこ集めはなしだあ!」
 この調子でいけば他の委員が決まった後であぶれている者が自動的に保健委員になる空気が濃厚になってきていた。
 蘭は蘭でひとり困っていた。
(目立つのはいやだから保健委員がいいと思ってたんだけどなあ…とにかく目立たないで仕事が大変そうじゃない係ってないかなあ)
 そこに聞こえてきた手塚の「次、放送委員やりたい人ー」の声に、蘭はとっさに手を挙げていた。
(取りあえず無難そうなものにはどんどん手を挙げなきゃ)
 他に挙手している女子は七名、男子は五名。他の生徒もみな同じ考えのようだ。
「じゃ前に出てきてー。まずは男子から、はい、ジャンケンポンっ」
 男子の勝負は一回でついた。負けて「うあー」と膝から崩れ去る男子を尻目に女子のジャンケンが始まる。
「はい、ジャンケンポンっ、あいこでしょっ」
 と、ジャンケン場を見た蘭は叫びそうになった。
(お、おへそが伸びてジャンケンしてるっ)
 いつの間にか蘭のでべそが伸びてジャンケンに参加しているのである。
(ちょっとっ、こんなところで伸びてみんなにバレちゃったらどうするのっ)
 蘭の焦りをよそにちゃっかりとジャンケンを続けるへそ。これだけの人数がいれば手がひとつ増えたぐらいでは誰も気にしないらしく、へその動きも素早い上にとにかくみんな勝負に必死で気がつかない。
(やだもう、おとなしく引っ込んでてちょうだいっ)
 蘭の願いを無視するかのようにジャンケンを続けるへそ。パーやチョキは出せないのでグー専門だ。
「あー負けたあ」
 チョキを出したひとりが脱落した。他は全員グー。焦りまくっていた蘭ははたとひらめいた。
(そっか、おへそはグーしか出せないんだからあたしがパー出せばおへそに勝てるわ)
「ジャンケンポンっ」
 自信満々でパーを出す蘭。へそはグー。他にグーはひとりで残りはパーである。
(やったっ、勝ったわっ)
 と、へそに勝って安堵する蘭だったが、
「ジャンケンポンっ」
 へそに勝ち負けの意識はなかったようで、何事もなかったかのようにまたグーを出している。
(これじゃいくら勝っても意味ないー!)
 へそに勝って勝負に負けるとはこの事か。気が動転した蘭はうっかりグーを出してしまい、チョキがいなかったばっかりにへそと共にパーに敗北してしまった。
 すごすごと席に戻りながらどんよりと落ち込む蘭。
(これじゃあいくらジャンケンしても勝てっこないわ…それどころか、誰かと一対一にでもなったら、そこにおへそが伸びちゃったら、今度こそみんなに見られちゃう)
 蘭が悶々としている間に着々と埋まっていく委員と係。阿鼻叫喚の中、男子の保健委員が決定し、とうとう残るは女子の二つだけになった。
「あとは女子のボランティア委員と保健委員ね。立候補する人ー?」
 手塚の声に女子がひとり手を挙げた。
(ああ、これであたしが保健委員かあ。いっそ保健の先生に打ち明けておへその事診てもらっちゃおうかなー)
 と蘭が思い始めたその時。
「保健委員をやります」
 と挙手した女子が言った。
 ええーとどよめく教室。
「えーと、庭田さんね。保健委員でいいのね?」
「はい、将来看護師になりたいので」
 ほおーと納得する教室。
「そっかー、今から進路を考えてるのね、感心だわ。じゃあ保健委員は庭田さん、ボランティア委員が…」
 蘭がおずおずと手を挙げる。
「伊福部さんね。これで全部決定。書記の人は学級ノートに書いておいて。今日はこれで解散ー」
 チャイムが鳴って手塚が教室を出るが早いか、庭田の周りにがっと女子が群がった。
「庭田さんえらーい」
「そんなことないよ」
「将来の夢あるなんてすごーい」
「うち、母が看護師だから、なんとなくだよ」
「えー、尊敬できるお母さんっていいなあ」
 盛り上がる庭田周辺、これを遠くから見ているリラ。内心面白くなかったがこの程度では引っ込まない。
「看護師って理系だから勉強うんと頑張らないと無理よね。あたしは算数も理科も得意だから教えてあげるわよ庭田さん」
「う、うん、ありがと来徳さん」
 そこへさくらがすかさずツッコミを入れた。
「中学じゃ算数じゃなくて数学だよねー」
「うっ、うるさいわね。そういう問題じゃないったら」
 ぷりぷり怒りながら立ち去るリラをさくらは笑って見送った。
「せいぜい頑張ってね~学級委員さん~」
「もう、よしなよさくらちゃんったら」
 そう言いつつ自分も笑っている蘭である。
「あ、蘭、庭田さんにお礼言ったら」
「え、うん」
 さくらに促されて蘭は庭田に話しかけた。
「あの、お礼って言うのも変だけど、あの」
 庭田は笑った。
「いいって。あたし本当にやりたくて立候補したんだから。伊福部さんもボランティア委員頑張ってね」
「うん、ありがと庭田さん」
 蘭はほっとしていた。
(なんか色々あったけど、なんだかみんなと仲良くできそうかも)
「蘭ったら、さっきまでどろーんとしてたくせにすんごい嬉しそう」
「やださくらちゃん、どろーんって」
「ホントホント、ジャンケンに負けた時から真っ暗になってたもん」
「あ、あの時は、まあね」
「でもずーっとどろーんとしてるのがあそこにいるわよお」
 さくらの視線を追うと机に突っ伏している戸来がいた。
「ああ、男子の保健委員はバカヘラかあ」
「こういうので一番大騒ぎするやつがねー。却って静かになってよかったかもね。さ、部活見に行こうよ」
「うん、行く行く。みんなで行こっ」
 きゃっきゃと教室から出て行く乙女達。
「…うるせーばか」
 戸来の弱々しい悪態は乙女達の耳には届かなかった。

(2010年2月14日発行)