美少女でべそ蘭 1

2020年10月10日

運転手さんに捧ぐ

「きゃー、おへそが伸びてる!」
突然の悲鳴に蘭の両親は一瞬顔を見合わせ、慌てて二階に駆け上がった。
「どうした?」
「大丈夫?」
部屋の扉を開けるとベッドの上に蘭が座りこんでいる。
「パパ、ママ、おへそが…」
ゆっくりと振り返る蘭。
蘭がめくりあげた苺柄のパジャマの裾、そこから見える白い腹部からうにょにょと伸びているへび状の物体。
「おへそが伸びちゃった…」
父親は失神した。

蘭は生まれつきのでべそだった。いや、生まれつきというのはおかしいかも知れない。他の普通の赤ん坊同様、蘭も母親のお腹の中で育ち、オギャアと生まれてきた。その時にはもちろん母親と自分とを繋ぐへその緒がついていたが、これまた普通の赤ん坊と同じく生まれてすぐにちょきんと切られ普通に処理された。
が、なぜか蘭のへそはいつの間にか伸びていたのであった。伸びるといっても数センチなのだが、数センチといってもへそである。へその数センチはちとおおごとである。
「へそが伸びてきた? またまたあ」
蘭を取り上げた産院の担当医師は初めは笑って取り合おうとしなかったが、実際に蘭のへそを見ると顔色が変わった。
「…取りましょう」
斯くしてへそ手術が取り行われ伸びたへそは取り除かれたのだが、十日ほど経つとまた元通りにへそが伸びてきてしまった。
「…取りましょう」
繰り返す事三回。産科医だけに三回だったのかどうかは知る由もないが、三度目の手術の後、十日ほどしてまた蘭一家が訪れた時、件の産院は潰れていた。
蘭の両親は考えた。こうなると下手に余所の医者に行って事を大きくするのはいかがなものか。このでべそ、数センチとは言っても押せば引っ込む程度の柔らかさだったので押し込んでいるうちに治るかも知れない、いつか普通のへそになるかも知れない。これを肯定する根拠はないが否定する根拠もない。二人は一縷の望みに向って娘のへそを押し込み続けた。
しかしへそは引っ込まなかった。押せば引っ込むが手を離すとどうしてもぼよんと出てきてしまうのである。
 これをいたく心配したのは蘭の父親である。無論母親も心配してはいたのだが、生来の前向きな性格から「なんとかなるでしょ」と殊更に騒ぎ立てはしなかった。しかし繊細な父親はそうはいかなかった。
「女の子なんだからいくらなんでもでべそのままじゃかわいそうだ」
 そう言っては暇さえあれば蘭のでべそをためつすがめつしていたのである。
「よし、決めたぞ」
「決めたって何を」
「俺はとことん蘭を守るぞ」
「守るって、一生この子のへそを押さえて生きるつもり?」
「そうだ」
「え」
「蘭のへそを押さえるために俺は生きる」
「早まらないであなた」
「蘭、大丈夫だぞ、パパが一生守ってやるからな」
 父親は製薬会社に転職し、蘭のへそを押さえるための絆創膏製作に一生を捧げる覚悟をしたのだった。
「あなた…」
 母親は母親で強い決意で蘭を守る意志を固めていた。
「蘭のお洋服はみんなママが作ってあげる。おへそが簡単に出ないような、おへそに当たっても痛くないようなお洋服をね」
 こうして蘭は両親の愛情をいっぱいに受けてすくすくと育ち、美しい少女に成長したのである。
 その蘭の中学入学の日、事件は起きたのだった。

 母親は倒れている父親の手を取ると軽く頷いて蘭に言った。
「脈はあるわ。びっくりして気を失っちゃったのね。後で起こしておくから蘭は仕度しなさい。…そのおへそ、痛い?」
「ううん、伸びてるだけ」
「これじゃ絆創膏じゃ収まらないかしら…縮まらないかなあ」
「あ、引っ込んできた」
 60センチほど伸びていたへそはするすると縮み出し、元の5センチくらいの長さに戻った。
「…なんとかなりそうね。パパが新開発したアレ、ちょうどいいんじゃない?」
「う、うん」
 蘭は机の上に置かれていた大きめの絆創膏を手に取った。キュート☆バンEX。チェック柄がポップだ。蘭の中学入学に合わせて父親が企画した新商品で、これまで蘭が使っていたものより一回り大きめに出来ている。
「なんで伸びちゃったのかしらねえ…でもこれでよし、と。ちちんぷいぷい、長いの長いの飛んでけー」
「ママ、変なの」
「いいのいいの、変なものには変なおまじないが効くのよ。さ、着替えて降りてらっしゃい。ちゃんと朝ごはん食べてくのよ」
「はあい」
 父親は相変わらず床に伸びたままだったが今日は蘭の入学式に出るため休暇をとっている。しばらく放っておいても問題はない。蘭はとっととセーラー服に着替えると鏡の前でくるっと回って見せた。
「うん、大丈夫」
 セーラー服はもちろん母親の手作りで、スカートのベルト芯は直接肌に当たっても痛くないように内側が着脱式のガーゼになっている。いわば着物の半襟のようなもので、蘭はその肌触りが大好きだった。
「おへそさん、もう伸びないでね」
 蘭はへそに話しかけるとかばんを持って階下に降りて行った。トーストのいい匂いがしている。今日はいい日になりそうな、そんな予感がした。

「蘭、おはよ」
「あ、さくらちゃん、おはよー」
 学校に向う蘭に声をかけてきたのは小学校でずっと同じクラスだった丹羽さくらである。
「ふふ、セーラー服だね」
「だねー。ふふっ」
 陽光の下、頬を赤らめながら談笑する少女たち。
「ね、ね、今日は何柄?」
「キュート☆バン? んーとね、チェック」
「んふふ、今日の蘭のパンツはチェックかあ」
「やだーもーさくらちゃんたらー」
「蘭ってば中学になってもバンソーコとパンツの柄お揃いにしてるんだ」
「い、いいじゃない」
 改めてそう言われて蘭はちょっともじもじしてしまった。
「可愛いからいいけどねー。それにキュート☆バンのおかげであたしたち結構おいしい思いしてるし」
 そうなのである。蘭のためにと父親が開発した絆創膏『キュート☆バン』には蘭や同級生たちの生きた意見がふんだんに盛り込まれている。
 へそを隠すために毎日絆創膏を貼らねばならない蘭のために、初めのうちはとにかく目立たない製品作りを信条としてきた父親だったが、「もっとかわいかったらいいのになあ」という蘭の呟きを耳にした時から発想を変え、毎日どれにしようか楽しくなるようなものを作ろうと方針転換したのだった。蘭だけでなく同級生の女の子たちの様々な視点を取り入れるべく定期的なグループインタビューも行い、ジュースやお菓子に囲まれたおしゃべりの中から女子たちの隠れたニーズを引き出していったのだ。
 結果、キュート☆バンはこれまでにない商品作りで女子のハートを鷲掴みにし、今やキッズのオシャレには欠かせないアイテムになりつつあった。どんな動きにもマッチする伸縮性と水に濡れても安心のフィット感、そして何より豊富なデザイン展開が受けて絆創膏としては異例のヒット商品となり、企画立案者である蘭の父親は何度か社長賞に輝いていた。
「またみんなで集まってデザイン考えたりしたいな」
「うん、パパも言ってた。中学生になったみんなのちょっとオトナの意見が聞きたいって」
「んふふ、楽しみー。今度はケーキバイキングなんてどう?」
「さくらちゃんの食いしんぼ」
「いいじゃなーい」
 そうこうするうちに正門である。〈祝 入学式〉と書かれた立て看板に桜の花びらが舞い落ちる中、蘭たちと同様、ぴかぴかの制服を着た新入生らが続々とやってきていた。

「さて…と」
 蘭を送り出した母親はため息をついていた。これから引っくり返っているダンナを起こして仕度させ入学式に駆けつけなければならない。が、その前にやらなければならないことがある。
(なんだってこんな事になったのやら。でも考えてたって仕方ないわね)
 母親は電話の受話器をとり、ある番号をダイヤルした。
「…もしもし、伊福部ですが。朝早くからすみません、実は蘭のことでちょっと…」

 蘭とさくらはクラス割りが貼り出された昇降口の前に来ていた。新入生の中には見慣れない顔も混じっている。
「あれって西小の人たち、だよね」
 この中学には市内の2つの小学校の卒業生が入学してくることになっていて、蘭達が卒業した南小と、もう一つが西小である。
「だね。なんか西小の人っておとなっぽく見えるかも」
「そうかな…でも…」
 さくらは辺りをぐるっと見回してみた。
「蘭が一番かわいい」
「何言ってるのさくらちゃん」
 くりくりとした大きな瞳はちょっとタレ目。栗色の髪は柔らかくカールして色白の肌にマッチしている。鼻は低いがさくらんぼのようなぷっくりした唇にはむしろベストバランスと言えよう。
「そんじょそこらのモデルやタレントには負けないわよねー」
「やだもう」
「あたしが蘭だったら絶対アイドルになって歌ったりCM出たりするのになー」
「…目立つのやだ」
「…そっか。そだね」
「ね、クラス割り見ようよ。また同じクラスかな」
「だといいね。あ、あっちにみんないるよ」
 と、蘭とさくらがかつてのクラスメイト達のいる方へと歩き出したその時。蘭の背後を物凄い勢いで何かが通りすぎていった。
「きゃー!」
「へへっ、蘭のパンツ、チェックチェック~」
 小学校の同級生、戸来純である。小柄な体にぶかぶかの詰め襟がいかにも新入生っぽい。
「もうっ、バカヘラ!」
こぶしを振り上げて怒る蘭。一方、さくらは冷静である。
「うっわー、中学になってもスカートめくりなんて。よっぽどだわー」
「なに感心してるのよさくらちゃんっ」
「だってバカヘラのやつ、前から蘭のことさあ…きゃっ」
 いきなりさくらがのけぞったようにしてスカートの後ろを押さえた。と、周囲からも「きゃっ」「きゃっ」という女子の悲鳴が聞こえてきた。あちらこちらで翻るプリーツスカートとそこから覗く色とりどりのパンツ。
「やだ、誰?」
 さくらは振り返ったが後ろには誰もいない。ぽかんとした顔をして立っている蘭を除いては。
「今、誰かいた?」
「う、ううん。風じゃない?」
「そお? なんかこう、ぴらっとめくられた感じがしたんだけどなあ」
「そ、そんなわけないって。誰もいなかったもん」
 蘭は必死の笑顔である。
「うーん…変なの」
「そ、そんなことより、クラス割りクラス割り。あ、ほらほら、みっちゃーん、たかちゃーん、おはよーっ」
 蘭はさくらの背中を押しながら平静を装っていたが内心では心臓バクバクだった。
(今のって、今のって…あたしのおへそ…?!)
 今日は大変な日になりそうな、そんな予感がした。

蘭とさくらは同じクラスだった。他にも仲のよかった友達が多くて蘭はほっとしたが入学式の間じゅう気が気ではなかった。
(さっきのって絶対あたしのおへそだよね、誰も見てなかったみたいだけど、なんで伸びちゃうんだろう、やだ、もし、ここで伸びたらダメダメダメ)
校長の挨拶も来賓の祝辞も、ただじれったいだけで耳に入らない。蘭は必死でへそ部分を押さえながら、何事もなく入学式が終わるように祈り続けた。
(おへそが伸びませんようにおへそが伸びませんように)
 蘭の祈りが通じたのか、入学式は何事もなく終わった。
 入学式を終えて教室に入ると保護者達もぞろぞろと後ろの方に入ってきた。両親の顔を見つけると蘭は飛んで行って小声で話した。
「パパ、ママ、またおへそが伸びちゃったの」
「また? まだ伸びっぱなし?」
「ううん、すぐ元に戻ったけど」
「さっき先生に電話しといたから、学校終わったらすぐ行きましょ」
「うん、わかった」
「だ、大丈夫か蘭」
「うん、パパの方こそ大丈夫?」
「お、おう」
父親は若干青ざめてはいたが無理矢理胸を張って見せた。そこへ担任が入ってきた。
「はい、みなさん、席について下さい。おうちの方はどうぞ奥の方までお詰め下さい。さて、改めて入学おめでとうございます。わたしがこのクラスの担任です」
担任はプリントを配りながらこれからの予定について話し出した。
「明日から色々な行事がありますので後でおうちの方もご覧になって下さい。中学校での勉強について説明するオリエンテーションに委員を決めるホームルーム、明日は身体測定もあります」
蘭、父親、母親の三人の頭上に!マークが浮かんだ。ますます青ざめる父親。
「身体測定だなんて、大丈夫なのか」
「すっかり忘れてたわ」
「明日は休ませるか」
「でもいずれやらないわけにはいかないし」
「でもまたいきなりへそが伸びたらどうするんだ」
「入学前面談の時にでべその事は話してあるわ。今の子はみんなキュート☆バンしてるし、しっかり押さえておけばなんとかなる、はずよ」
二人がごにょごにょ話している間に担任の説明も終わり今日はこのまま下校となった。
さくらたちの誘いを振り切り、蘭は両親とともにタクシーに飛び乗った。

「おっ。蘭子、セーラー服かあ。なかなか似合ってるぞ」
「蘭子じゃありませんよーだ」
「はっはっ、そういうとこは変わってねえなあ、お子ちゃまだ」
「もうっ、それどころじゃないんだからー」
「はいはい、見せてみな」
栗原医師は蘭のかかりつけの医者である。蘭の生まれた当初、両親の一番の心配は蘭のでべそが病気なのかどうか、その一点であった。そうだとするとでべそ専門の医者がいるのだろうか。そうでなかったとしても、普通の小児科に行って大騒ぎにでもなったら。でべそ専門の医者がいたとしても赤ん坊は担当外だったら。あれこれ考えてはみたものの結論は出ない。
 そうこうするうちに、ある日蘭が熱を出し、父親は真っ青な顔でおろおろするばかりだったが、
「こうなりゃいちかばちかよ」
 と、母親の決断で家から一番近い小児科に飛び込んでみたところ、「すごいでべそだなあ」と言いながらも普通に診察してくれた。それが栗原医師だったのである。
 それ以来十二年間、栗原医師はひたすら蘭のでべそを見つめ続けてきた。切っても切っても伸びるへそというのはもちろん初めての症例で、自分に一体何が出来るのかという思いもあったが、医師として目の前の患者を捨ておけることなど出来るわけがなかったのだ。
 いたずらに外科的な治療を施して娘の体に傷をつけたくないという両親の意向を尊重して、これまでずっと蘭のでべその経過観察を続けてきた栗原医師だったが、中学生になった途端にへそが伸び出したなどとはにわかに信じる事ができずにいた。
 栗原医師は蘭のキュート☆バンをはがすとでべその具合を確認し始めた。
「…色つやは問題なし。硬さもいつも通り。特別伸びてはいないよねえ」
「うん。伸びて縮んだの」
「…ちょっと力入れてごらん。へそに」
「んーっ」
 へそはびくともしない。
「…うーん。はい、よし」
「どうですか先生」
 付添いの母親が尋ねる。
「うーん。実際に伸びてるところ見ないとなんとも言えないなあ」
「はあ」
「ほんとに伸びてたの? これ」
「本当です、わたしも主人も見たんです」
「うちだけじゃなく学校でも伸びたんだってば」
「うーん」
 栗原医師はうなるしかなかった。
「これ、伸びる時にむずむずしたりじくじくしたりしなかった?」
「ううん、全然。朝だって起きてみて初めて気がついたし、学校じゃみんなのスカートがぴらってめくれて、あれっ?って」
[うーん。スカートめくりねえ」
「あたしがしたくてしたんじゃないってば。おへそが勝手に伸びてめくったの。本当なの。信じて先生」
「わかったわかった。蘭子は嘘なんかつかないもんな。それは先生ようく知ってる」
 栗原医師は母親の方に向き直るとこう言った。
「レントゲン撮ってみましょう。何かわかるかも知れない。いいね蘭子」
 蘭はこくりと頷いた。
 小学校に入るまでは毎月のようにレントゲン撮影をしていた蘭だったが、体調に異常は見られず、へそ以外は至って順調に成長している様子だったので、ここ最近はあまりレントゲン撮影をすることはなくなっていた。
(レントゲン室ひさしぶりだな)
 栗原医師の指示でレントゲン室に入った蘭がそう思ったその時。
「あ」
 部屋の隅にあった衣服用のカゴが、ひゅん、と蘭の目の前に移動してきた。
「せ、先生!」
 ガラス窓の向こうで栗原医師が硬直していた。
「今の見た? おへそが伸びたでしょ! このカゴ、あっちからこっちにおへそが持ってきた!」
「…」
 確かに見た。一瞬でカゴが移動するのを。と同時に、蘭のセーラー服の裾がほんの少しめくれて、そこから白いへび状のものがほんの少しだけ覗いたのを。
「ねえ、見たでしょ先生」
「うん。見た。へそだ」
 栗原医師は呆然としたまま答えた。
「ね! 本当でしょ!」
 いっそ見なかったことにすればよかった、と栗原医師は一瞬思ったがもう後には戻れない。
「ねえ、先生、先生ってば」
「…蘭子、へそ、今はどうなってる」
「…元通り」
「…取りあえずレントゲンだ。…撮影中、伸びないだろうなそれ」
「そんなのわかんない」
「そうか。そうだな。じゃあいつも通りに」
 撮影は何事もなく終り、へそに異常もなかった。
 診察室に父親も呼ぶと一家三人を前にして栗原医師は所見を述べ始めた。
「これが何らかの病気なのかどうかはわかりません。が、今のところ本人には痛みなどの自覚症状もなく、レントゲンで見てもおかしなところはありません。ですがこのまま放置しておいてよいとも思えません」
 普段は軽い口調の栗原医師がこんなに真剣な顔をするのを蘭は初めて見た。
「どうでしょう、僕の知っている大学病院の外科医に診てもらうというのは」
 一家三人に緊張が走った。栗原医師が続ける。
「向こうの病院に行くと話が大きくなります。個人的な友人でもありますから、あくまでプライベートということでここに来てもらうというのは。大丈夫、口は堅い奴です」
 三人はしばらく黙ったままで互いの心中を計るように顔を見合わせていたが、やがて父親が口を開いた。
「蘭。蘭は平気かい? 他のお医者さんに診てもらっても」
「…うん」
 母親も話しかける。
「このままにしておいたんじゃ蘭も心配でしょ。先生のお友だちならきっと大丈夫よ。どう? 蘭」
 蘭は唇を小さな真一文字に結んで大人たちを見つめた。
「うん、診てもらう」
 張りつめた空気が少しだけ弛んだようだった。栗原医師が言う。
「こう言っちゃなんだけど、さっきレントゲン室では僕はずっと蘭のことを見てたからあれがへそだってわかったけど、そうじゃなければほんの一瞬で何が何だかわからなかったと思うんだ。スカートめくりの時もそうだったみたいだし、万が一またへそが伸びてもとぼけちゃえばいいよ。誰も、へそが伸びて何かするだなんて思わないからさ」
「うん、そうする」
「それじゃ後でそいつに連絡してみます。都合がつきそうだったらこっちからお宅に連絡しますから」
「はい、どうぞよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
 両親は深々と頭を下げた。
「先生、ありがとう」
 蘭はちょっとだけ笑った。

 その日の夜、蘭は母親と一緒に風呂に入った。
「大きくなったわねえ。本当に」
 蘭の背中を洗いながら母親が感慨深げにつぶやく。
「…ママ、あたしどうなるのかな」
「もっと大きくなって、もっとかわいくなるわよ」
「ちゃんと大人になれるかな…」
「大丈夫。ママがついてます。パパもついでについてるし」
「ママ、ひどーい」
「大丈夫大丈夫。何があったってママとパパがついてるんだから」
「でもこれから何が起きるかわかんないよ」
「そうねえ。ずっと蘭のそばにいる事はできないけど、いつだってママ達は蘭の事が一番大事なの。だから、困った時はなんでも話してご覧なさい。嬉しい事や楽しい事も、なんでもね」
「…うん」
「泣いてたって笑ってたって明日は来ちゃうんだから、どうせなら笑ってた方がいいじゃない、ってママは思うのよ。…まあ、疲れた時は無理して笑う事ないけどね」
「…無理して笑わなくてもいいの?」
「もちろんよ。ダメなときゃダメだもの」
「…ママ…」
 蘭は母親にしがみついて泣き出した。
「あたしこわいよう。急におへそが伸びちゃって、何が何だかわからないよう」
「蘭」
 母親は蘭を抱きしめて言った。
「ママも何が何だかわからないわ」
「ママ、あたしどうしたらいいの」
 しゃくり上げる蘭の頭を撫でながら母親は言った。
「いつも通りでいいのよ。どうしていいかわからない時はいつも通りでいいの。泣きたい時は泣いてもいいの」
「ママ、ママ」
「さあ、このままじゃ風邪引いちゃうわ。お湯に浸かってあったまりましょ」
「…うん…でももうちょっと…ママのおっぱいやわらかいね」
「あらあら、赤ちゃんみたいね。そういう蘭のおっぱいはどうかしら?」
「やだもうママのエッチ」
 風呂場の外で二人の様子を伺っていた父親はほっと胸をなで下ろした。
「こういう時は男の出る幕ないよなあ。せめてもの、っと」
 蘭の着替えの上に置かれたキュート☆バンEXの新作は蘭の好きなハート柄だった。

翌日は問題の身体測定だった。
「今日は身長体重と視力の測定です。男子は技術室、女子は家庭科室、保健委員が案内しますから指示に従って。他の学年は授業中ですから途中で騒いだり他の教室に入ったり絶対しないこと」
担任が説明していると上級生の保健委員がやってきて蘭たち新入生を引き連れていった。
「やだなあ太ったかも」
「去年身長五センチ伸びたんだよね」
などとみんながわいわいしゃべっている中、蘭はとにかく「おへそが伸びませんように」と祈っていた。
家庭科室には女性教師と保健委員が待機しており、体重計に身長計と視力測定表が用意されていた。
「はい、番号順に並んでー。上靴を脱いで身長を測ったらそのまま体重計に乗って。セーラーもスカートも脱がなくていいからね」
教師が説明すると「えーっ」という声が一斉にあがった。
「先生、それじゃ体重増えちゃうじゃないですかー」
「その分目盛りを最初から減らしてあるから。みんな公平だから文句言わないの」
それでも「えー、でもー」と文句たらたらの女子たちだったが、蘭だけは心の底から安堵していた。
(よかった、脱がなくていいんだ。これでちょっとは安心かも)
と思ったその時。
「きゃーあ!」
女性教師が黄色い声をあげた。めくれ上がったスカートの下のゴージャスな下着が丸見えになり、先頭に並んでいた蘭は目を丸くした。
「い、今の誰? 誰がいたずらしたのっ?」
女性教師は動揺して金切り声をあげている。騒然とする女子たち。保健委員も困惑している。
「あなた、今何か見なかった? ねえ、男子が紛れ込んでるんでしょ!」
ヒステリックな女性教師が放った「男子」という言葉に一同はますます大騒ぎ。この騒ぎを聞きつけて他の教師たちも次々とやってくる。家庭科室はパニック状態になった。
(またやっちゃった…でも今日も誰にも見られてない。あたしがすぐ前にいたのに先生本人も気がついてない。これってラッキーかも?)
昨日泣いてすっきりしたせいか、ちょっとポジティブな今日の蘭。
(栗本先生が言ってたみたいに、別に誰も怪しまないもんね。大体おへそが伸びて何かするなんてあるわけないし。あるんだけど。あはははは)
周りがパニックだとその中心は平静でいられるものなのか。
ともかく、この騒ぎで身体測定は中止となり蘭たちは教室に戻った。
「誰かついてきてたんじゃないの男子」
「誰が中学にもなってスカートめくりなんかするかよ」
「だって昨日だって誰かやってたじゃない」
「見た見た、戸来だろ」
「あたしもやられた! 南小のせいだったの?」
またもやクラスは騒然となった。みんなの視線が戸来に集まる。
「え、俺?」
西小出身の女子が戸来に詰め寄った。
「昨日あたしのスカートめくったでしょ。すんごい恥ずかしかったんだから。謝ってよ」
「俺しらねーよお前なんか」
「だってめくられたもん!」
「だからしらねーって」
「あんた以外にスカートめくりなんていないでしょ!」
「俺は伊福部のしかめくらねえ!」
教室がしんとなった。見る見る真っ赤になっていく戸来の顔。蘭はきょとんとしている そこへ遅れて担任が入ってきた。
「はいはい、みんな席についてー。ホームルームしますよー」
教室の微妙な空気に気がついているのかいないのか、担任は呑気な様子で黒板に名前を書いた。
「はい、改めまして、わたしが担任の手塚由美です。担当教科は英語です。一年間みんなと一緒に仲良くやっていきたいと思います。えーと色々あって身体測定が中止になったので今日はみんなの自己紹介と、委員と係を決めたいと思います。じゃあ座席順にいきましょう」
教室の座席は男女交互の列で番号順に並んでいた。がたがたと椅子を鳴らしながら男子の一列目が終わり、女子の一列目の一番前の蘭が立ち上がり後ろを向いた。
「南小からきた伊福部蘭です。洋服や小物を作るのが趣味です」
男子のうち何人かは「これが伊福部かあ」とつぶやいたが蘭は無視して席に着いた。次にさくらが立ち上がった。
「南小の遠藤さくらです。うちは商店街のはずれにあるさくら湯っていう銭湯です」
あー、とか、知ってる知ってる、とかいう声があがる。「男の裸見んなよスケベ」と野次も入った。
「今の番台はそういうんじゃないんですっ。うちのお風呂はよくあったまるからみんなどんどん入りに来て下さい。クラスの人には牛乳サービスするっておじいちゃんが言ってました」
風呂上がりの牛乳かあ、とクラスが一斉に腰に手を当て牛乳モードになった。掴んだ、とさくらは思った。
その後も当たり障りのない自己紹介が続き、戸来の番になった。
「南小からきた戸来純です。特技はサッカーです」
と言うや、誰かが「あだ名はバカヘラです」「趣味は伊福部のスカートをめくる事です」と茶々を入れた。またもや真っ赤になる戸来。
「うるせえ」
と言って席に着くと戸来はそのまま机に突っ伏した。
女子の最後はさっき戸来に食ってかかった子だった。
「西小出身、来徳リラです。西小では児童会長をやっていました。好きな教科は理科と算数で嫌いなものは悪ふざけする男子です」
戸来の方を見て、きっ、と睨みつけるリラ。「俺じゃねーって」とつぶやく戸来。はらはらする蘭。
「はい、なんかわかんないけど人に迷惑をかけることはやめようね。じゃあみんなの顔と名前がわかったところで学級委員から決めていきましょう。誰か立候補する人は?」
と担任が言うが早いか、リラがすっと手を挙げた。
「わたしならこのクラスをまとめてふざけた男子も真面目にさせてみせます」
「ああ、そんなに力入れなくてもいいけどね。まとめてくれるのはありがたいわ。他に立候補がなければ女子は来徳さんでいいわね」
いいでーす、とやる気のない声が返ってくる。と、呼ばれてもいないのにリラが前に出てきて教壇に立った。
「ちょ、ちょっと来徳さん?」
「これから先はわたしにまかせて下さい、先生」
「だから何もそこまで」
「みなさん。わたしが学級委員になったからにはこのクラスを一年で一番のクラスにしたいと思います。いえ、一番にします。体育祭も文化祭も絶対一番になります。もちろん勉強だって一番を目指します。このわたしのクラスの一員として恥ずかしくないような中学生になって下さい」
なんかむちゃくちゃ言ってるなあ、と口に出しているのは南小出身の生徒たち。西小の子たちは小声で「あの子前からずっとああだからあんまり相手にしない方がいいよ」と囁いている。蘭とさくらも
「なんか凄い人と同じクラスになっちゃったね」
「ああいうのに睨まれると大変だよねー」
と言い合った。
リラはホームルームを完全に仕切ろうとしたが担任に押し戻され渋々席に着いた。その時、なぜか蘭のことを睨みつけていった。
「あの人、蘭のこと睨んでたよね」
「さくらちゃんもそう思った? なんだろ、あれ」
「蘭が自分よりかわいいからじゃない」
「やめてよう」
その後正常に戻ったホームルームは立候補とジャンケンで係と委員を決めていき、蘭のへそは伸びずに一日が終った。

蘭が家に帰ると母親が待ちかねたように玄関まで飛んできた。
「どうだった? なんともなかった?」
「うん、一回伸びたけど大丈夫だった」
「そう、朝は伸びてなかったから平気かとおもったんだけどねえ」
「あたしのすぐ前にいた先生のスカートめくったの」
「またスカートめくり? ほんとにエッチなおへそねえ」
「うん。おかしいよね。でも今日も誰にも見られなかったの。めくられた先生にもよ」
「そう、そんならいいかしら。そうそう、さっき栗原先生から電話があってね、昨日言ってた友達の先生が今日の夕方来てくれるって。後で行きましょ」
「うん。あのね、先生の履いてたパンツすごいゴージャスだったよ、体育の先生なんだって。それでね、クラスに来徳リラちゃんっていうすごい女の子がいてね…」
学校での一日を夢中になって話す蘭を見て母親は少し安心した。
二人が病院に着くと栗原医師が出迎えてくれた。
「さ、これが俺の優秀なる友人の来徳です」
「どうも、外科の来徳です」
「来徳う?」
蘭と母親は同時に叫んだ。面食らったのは栗原医師である。
「あれ、知り合いだった?」
「いや、俺は初対面、ですよね?」
「ええ、あの、この子のクラスに来徳さんて女の子が」
「あ、リラのクラスメイトなんですか」
「先生、リラちゃんのお父さんなの?」
「そうだよ。…リラはちょっときつい子でしょう」
「うん。睨まれた」
「こら。蘭。もうこの子ったら」
「いえ、いいんです。僕もね、もっと寛容になって欲しいと思ってるんだけど、どうもね。でもあれで悪い子じゃないんだ。根が真面目なもので、人にもそれを求めてしまうんだね。ちょっと大変かも知れないけど、どうか仲よくしてやってくれませんか。もちろん、蘭さんのことは絶対に漏らしませんから」
「まさかリラと蘭子がクラスメイトだったとはなあ。どうする蘭子」
蘭はちょっと考えたが、
「うん。仲良くする。先生も、あたしのことちゃんと診てくれますか?」
「もちろん」
来徳医師は蘭を診察したが、今日のでべそは普通のでべそのままで伸びなかった。
「この目で見ない事には信じられないというのが本音ですが、栗原も見たといっている事ですし」
来徳医師の話では、普通よりも飛び出したへそというのはあるものだが手術すればみな普通のへそになる。しかし、切ったへそが伸びるというのは聞いた事がない。まして、へびのように伸びたり元に戻ったりというのは常識的に考えられない。
「それでもこのへそが伸びるという事は」
来徳医師は続けた。
「何が何だかわかりません」
一同ため息。
「すみません、がっかりさせてしまって。ですが、こうも考えられます、事が事だけに誰も公にこういった症例を報告していない可能性もあるんです、現に僕らもそうですしね」
栗原医師が頷く。
「こんなの発表して学会がパニックになったら、って思うもんなあ」
「それ以上に、公表する事で患者のプライバシーが詮索されるおそれもある。そっちの方が問題かも知れない」
「確かに」
「こう言ってはなんですが」
来徳医師は続けた。
「へそが伸びるとは言ってもすぐに元に戻るし伸びたへそが邪魔になって日常生活に支障が出ているわけではない。人の目に触れる機会も少ないようだし、どうでしょう、しばらく様子を見るということにしては」
母親がたまらず言う。
「でも、このままでいいんでしょうか本当に」
 来徳医師が答える。
「見たところ病的な組織の異常というのもなさそうですし、健康に害はないとみていいでしょう。それはこいつも同意見です」
 栗原医師が頷いて言う。
「言ってみれば、へそが伸びはするけど後は至って普通なんですよ」
「普通って言ったって」
 来徳医師が引き継ぐ。
「実に無責任な見立てであることは承知しています。ですが、これ以上のことをしようと思うとどうしても事を公にせざるを得ません。そうすればこれまでのような生活を続ける事は難しいでしょう。学校にも行けなくなるかもしれない。それは避けるべきだと僕らは思うんです」
「さっき来徳が言ったように」
 栗原医師が引き継ぐ。
「他にも同じ症例があるかも知れないけど、多分発表はされていない。それを俺と来徳でちょっと探ってみようと思うんです」
「それが今、僕らにできる最善です」
 母親は蘭の顔を覗き込んだ。
「どう? それでいい?」
 蘭の気持ちは決まっていた。
「うん。先生たちにまかせる。あたしは今まで通り普通にしてていいんだよね?」
「もちろん」
「キュート☆バンは貼っててもいいの?」
「うん、それがないと服にもひっかかるだろうからね」
「よかった。これがないとパパががっかりしちゃう」
「蘭子はいい子だなあ」
「蘭子じゃありませんよーだ」
「先生方、どうぞくれぐれもよろしくお願いします」
「お願いします」
「こちらこそ。蘭さん、リラのことをよろしく」
「はい、来徳先生」

 翌日の一時間目は体育だった。隣のクラスと合同になるため、男子は隣の教室に移動し、代わりに隣のクラスの女子たちが蘭のクラスにやってきた。
 蘭が着替えていると、いつの間にかリラがそばに来ていた。
「あなた、なにその派手な絆創膏」
 リラが睨んでいるのは蘭のへそに貼ったイチゴ柄のキュート☆バンだ。そこにさくらが割って入ってきた。
「何かいけない? 校則にはバンソーコ貼っちゃいけないなんて書いてないわよ」
「『勉学の場にふさわしくない華美な装飾は控える事』。ちゃんと書いてあります」
「ちっとも派手じゃないじゃない。このキュート☆バンはね、蘭のお父さんが作ってるんだから」
 それを聞いた西小組が一斉に「へーっ」と反応した。
「ねえ、さくらちゃん、やめて」
 蘭はリラに向き直った。
「リラちゃん、あたしね、でべそだからおへそに絆創膏貼らないと痛くてたまらないの」
 意外な答えにリラは驚いて声が出なかった。西小組の子たちもぽかんとしている。南小組は落ち着いていた。
「蘭のキュート☆バンは南小ならみんな知ってることなんだよ」
「キュート☆バンのフルーツシリーズはあたし達がアイディア出したんだから」
「アニマルシリーズのカピバラはあたしのイラストがきっかけでーす」
「あれはイラストじゃなくて落書きでしょお」
 一気にキュート☆バンの話題で沸き立つ女子たち。焦ったのはリラである。
「に、西小じゃこんなの認めてなかったわ」
「うっそお? 信じらんない。うちのお風呂に来るお客さんもみんな貼ってるわよ」
「とにかくだめよこんなの」
「ねえリラちゃん」
 蘭が言う。
「これはパパがでべそのあたしのために作ってくれたの。ちっとも勉強の邪魔にはならないし、リラちゃんの迷惑にもならないと思うの。ねえ、いいでしょ?」
「蘭ってば、ほっときなさいよ、そんなめんどくさい子」
 そこへ担任が入ってきた。
「もうチャイムなってるわよ、早く着替えて集合!」
 リラは「先生すみません」と言うと悔しそうに蘭を睨みつけて教室から出て行った。蘭はその後ろ姿をなんだかさみしそうだと思った。

 放課後、蘭は昇降口にいたリラを見つけると思い切って話しかけた。
「リラちゃん」
「伊福部さん、わたし名前で呼んだり呼ばれたりするの好きじゃないの」
「あ、うん、ごめんねリラちゃん」
 睨むリラ。蘭はかまわず続ける。
「さっきはごめんね。変な騒ぎになっちゃって」
「まったくだわ。学級委員なのに授業時間に遅れるなんて。それもこれもあなたのせいよ」
「うん、ごめんね」
「わかればいいのよ」
「それでね、リラちゃん、今日うちに来ない?」
「なんでわたしがあなたの家に行かなきゃいけないの」
「キュート☆バンのこと知ってほしいの。とってもいい製品なんだから。うちにはパパの作ってる試作品もあるし、リラちゃんにも試してみて欲しいの」
「わたし今けがしてないからいらないわ」
「だったら、けがしたときのために。いざというときにキュート☆バン持ってると便利よ。頼れる学級委員の必須アイテムよ」
「…あなた、なんでそんなにしつこいの」
「あたし、リラちゃんとお友だちになりたいの」
「え?」
「仲良くしようよ、リラちゃん」
 リラは視線を逸らした。
「な、なんでわたしがあなたなんかと仲良くしなきゃいけないのよ」
「なんでって、同じクラスじゃない」
「わ、わたしは学級委員ですもの。誰とでも平等に接しなくちゃ」
「…あたしのことが嫌いなの?」
「そ、そんなこと…学級委員として好きも嫌いもないわ」
「それじゃ決まり。さ、行きましょ行きましょ」
 蘭は強引にリラの手を取ると走り出した。
 蘭たちの姿が見えなくなるとその様子をじっと見ていた手塚が下駄箱の向こうから顔を出した。
「なんとかなったかしら。新入生のクラス担任は大変だわあ。さて、さくら湯に行って汗流して牛乳でも頂こうかしら」
「あら、先生には牛乳おごるなんて言ってませんよ」
 手塚の後ろにはさくらの姿。
「なんだ、あなたもいたのね」
「このことはナイショですよ先生」
「そうね、牛乳おごってくれたら考えるかな」
「そんなに牛乳欲しいですか」
「欲しい欲しい。さ、行きましょ。家庭訪問の時間に遅れちゃう」
「はあい」
 手塚とさくらは連れ立って歩いていった。

(2009年12月6日発行)