2025-08-05 桜木町(濵本奏「-・・」(チョー・タン・タン) at 横浜市民ギャラリー)

昨年、横須賀市で発表した作品 「ー・・」 を、この夏に写真集として出版します。
それに伴い、8月に個展を開催します。「ー・・」(チョー・タン・タン)
https://www.instagram.com/p/DMaFi0_P0R4/?hl=ja
日程:2025年8月5日[火] ~ 8月11日[月・祝]
会場:横浜市民ギャラリー 展示室B1F
〒220-0031 横浜市西区宮崎町26番地1
開場時間:10:00~18:00
(※初日は16:00から、最終日は15:00まで)
会期中無休。入場無料。
濵本 奏
https://kanadehamamoto.com/cv-kanadehamamoto
2000年生まれ。人やものや土地が持つ「記憶」を主なテーマに、壊れたカメラを用いた撮影方法やミクストメディア的な手法を導入して制作をおこなう。2025年、出版レーベル、真珠出版をスタート。
濵本さんの名前は、君島さんのアーティスト写真を撮影しているということで知ったのだけれど、インスタをフォローしたのが最近のことで、昨年の横須賀の発表というのはどういうのかと思ったらこれについては丁寧なインタビューがあって、作品の概要が詳しく語られていた。
《ー・・(チョー タンタン)》
時間の波打ち際で出会う|濵本奏インタビュー|東京フォトグラフィックリサーチ
第二次世界大戦の終戦間近、野比海岸では特別な訓練が行われており、その訓練で連日海に潜った若者たちの手記には夏の横須賀の風景や音が記されていました。この夏、私はこれをなぞるように撮影とフィールドレコーディングを行い、訓練をしていた彼らが手綱を引いて海底から海面へ送ったモールス信号を受け取り、2024年の現代から応答をするような作品を制作しました。
昨年制作したこの作品を写真集として出版することになりそれに伴う展示を行うと。何重かにくるまれた包みのような、海の波のような、繰り返される応答の中で生まれる展示か。なんでだかこれがとても見たくて(いや、理由はあった)、初日は色々とたいへんなのかも知れないけれど休みをとって行くことに。



暑いにも程がある。ここは無理せず無料送迎車を使う。目印もなくて乗り場を見つけるのにあたふたしたけれど公共施設のサービスってそんな感じ。小型のバンは5席プラス車いすスペースで、休日はすぐにいっぱいだろう。車は走り出すと坂また坂、結構小高い丘の上を目指していく、これ、歩きだと高温時じゃなくても結構きついのではないか、でも、この高低差を体で感じ取った上であの展示を見るのもいいのかもしれないとあとで思った。



展示は地下、階段を降りるとすぐに展示室、中はスクエア。一室には受付のテーブルのみ、壁に何枚か紙片の展示、隣の部屋から音と光が漏れてくる、紙片に記されたものを見ようと壁に近づくとその音が迫ってきて溺れそうになる、殆ど溺れかけていた。昨年のインタビューで、野比海岸での特別な訓練というのが伏龍と呼ばれる特攻兵器を用いた訓練のことと知って、その fuku-ryu という音が第五福竜丸の fuku-ryu と呼応してずっと渦を巻いていて、それがここにある音で水面下に引き出され、暗い照明の中、水で膨らんだような蒼い紙に記された仄かなテキストを読もうとする自分の器官に入り込む。第五福竜丸は沈んだわけではないけれど、今は夢の島にあって、小高い丘の地下にあるこのスペースと、海と兵器が地続きで息を塞ぐ。
音と光が溢れ出す二室には人が何人かいておそらく濵本さんなのだろう、女性が他の人と展示室を巡りながら話をしている、ソファに腰かけている人が何か手にして読んでいる。三室はプリントされた写真の展示、写真集からのセレクトなのだろう、大きさと配置がリズムを持って壁にぐるり、無言でそこにある、角に硝子のブイ、少し怯む。二室にいた人が少なくなったのでもう一度戻る、音と光でくらくらする、一目で佐藤円さんとわかる、硝子のブイの中か外かに光源があって(近づくことができなかった)溺れる、自分の空いた穴という穴から音が入ってくる、溺れる、目を閉じるとここはすっかり水面を見上げているみたいだ、色々な音がする、ソファに座っていた人が位置をずらして場所を譲ってくれたので座る、本が何冊か置いてあって、ああ、そうなのかと思った、濵本さんの夥しいリファレンスのうちのいくつかなのだろう、慎重にささやかに幾つも付箋が付けてある、手に取るが読めない、照明は膨らんだり萎んだりして音は途切れずに回っていて、細いスピーカーが二本立っているけれど違うところから聞こえている気がする、目を閉じたり開けたりしていると海面が揺らぐのが見えた、音がブイを揺らしている、沈む、と思った、沈みたいと歌った人のことが思い起こされた、横須賀も静岡も海で浸されて沈んでいた、そういう場所で詩集を手にして溺れていた、しばらくそうしていた。
一室に戻ると受付のテーブルに濵本さんがいて、朝からばたばたしていて、と言った、他に誰かいるわけでなくすべて一人で対応しているようだった、テーブルに置いてある紙片は配布しているのかと思ったが違った、来訪者が次々と代わる代わるそれを手にしていた、人がくるたび光が違っていた、皆階段を降りて足を踏み入れる、出るときは階段を上がる、そうして来訪者が入れ替わっていく、その光景を呼吸のようだ、交信のようだと思った、音と光を引き摺るようにしながら一階のエントランスに出て初めて入り口にフライヤーがあるのに気がついて一枚摘まんだ、これもまた不用意に漏れ出すことのないよう慎重に作られたものだと感じた、よいプロダクトだと思った。














flotsam books(写真集取扱店)
濵本奏 写真集 『ー・・』 | 真珠出版(ここでも買えるかも知れない)
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