私はパンツ ―ミカの勝負パンツ―

ここは何処わたしは誰……はっ。

気を失ってる場合じゃない。ここはアパートの一階のベランダに置かれた鉢植えの上。あたしはミカの勝負パンツ。洗濯後のあたしを干そうとしてたミカの手からえいやっと飛び出して着地したショックで気を失ってたみたい。でもよかった、狙い通りの場所だわ。あとはダイナさんが帰って来て窓を開けてあたしに気がついてくれれば。

ミカとは半年くらいの付き合いになるかしら。控えめな装飾とシックな光沢を身に纏った漆黒のあたしを手にとったミカは「あ、柔らかくて気持ちいい」と言ってすぐにあたしを迎え入れてくれた。最初から特別な存在として他のデイリーパンツたちとは別の引き出しにしまわれたあたしはちょっと周りから浮いた存在になっていたけれど、ミカからお呼びがかかるとそれはもう張り切ってミカのちっちゃなお尻をふんわりぴったり包み込んだものだったわ。勝負パンツという性格上、他のパンツたちよりミカに直接接する時間は短いかも知れないけど(すぐにはぎ取られちゃうんだもの)、でもだからこそミカの変化には敏感に気がつくようになったの。

ここ最近ミカはあたしを手にとらなくなった。なんだかバイトも休みがちみたい。他のパンツたちに様子を聞くこともできないし、どうしよう……と思ってたとき急に出番が。と思ったら、単に洗濯を溜め込んで替えのパンツがなくなったというわけだったみたい。久しぶりに会うミカは何かに思い悩んでいる様子でため息ばっかりついて、いつもあたしを履く時みたいに鏡に全身を映してスタイルを確かめることもしなかったの。こりゃあ一大事だと思って、洗濯の隙にミカの手から飛び出したというわけ。

ほら、よくあるでしょう、洗濯物を干してる時にふいにパンツが落っこちちゃうこと。あれは人間が悪いんじゃなくて、全部パンツのいたずらなの。洗い上がりが気に入らなかったり隣に並ぶ靴下と相性が悪かったり、そんな時あたしたちは持てる力を振り絞って外の世界に飛び出していくの。パンツだって他人の言いなりになってばかりはイヤなのよ。

……あ、ダイナさんが帰って来たみたい。窓が開くわ。

「んもおー、またなのおー?!ちょっとミカちゃーん!アンタのパンツ、またアタシんとこ来てるわよおー!」

ダイナさんはあたしを手にとるとドスドスドスと頼もしい足音を立てて部屋を出てアパートの階段を駆け上がってくれた。ダイナさんは男の人だけど女でもあって、ダイナミックとかダイナマイトとかダイナソーとかいう感じのパワフルな外見とナイーブな内面を併せ持った逞しい夜の蝶。ちょくちょくあたしたちがミカの手から落っこちていくのは、そのたびにこうしてわざわざ部屋まで来てくれるダイナさんに甘えるところもあって。彼氏がいるとはいえ一人暮らしの女の子にマメに構ってくれる大人なんてそうそういるもんじゃないからね。

「ちょっと!ミカちゃん!いるんでしょ?電気ついてるのわかってるのよー!」

インターホンを押さずにミカの部屋のドアをどんどんどんと叩くのはいつものことだけど、もう一方の手にはあたしと、いつの間に持ち出したのか桃の入った紙袋が握られててとってもいい匂いがする。また田舎から送られてきたみたい。

そろそろとドアが開くと、不安そうな、ほっとしたような、迷子の子供みたいな表情のミカが顔を覗かせた。

「ダイナさあん……あたし……どうしよう……」

ミカはそのままダイナさんの胸に泣き崩れた。

その後、ミカが泣きじゃくりながらダイナさんに話したのは、最近生理が来ないこと、そのことを彼に切り出せないこと、もしも…って考えるとこわくなって何もできないこと、などなど。ダイナさんはうんうんと相槌を打ちながらミカの話を最後まで聞き終えると、「こわいのね」って言いながらミカを抱きしめて背中をぽんぽんと叩いた。

「アタシの知り合いにお医者がいるわ、診てもらいましょ。結果がなんにせよ、今のアンタにはお医者の見立てが必要ってことだと思うわ。そうでしょ?」

あたしはあたしで、ミカが履いてきた地味なベージュのパンツとひそひそ話をしていた。

「ミカったらそれでずっとふさぎ込んでたのね、あたし知らなかったわ」

「あたしたちも気にはなってたんだけど、なんにもできなくって。でも黒ちゃんが飛び出してくれてよかった。これでミカちゃんも元気になるわ」

「えへん、伊達に勝負パンツじゃないからね。それにしても、もしもそんな変化があったらあたしたちにわからないわけないのに……言葉が通じないってもどかしいなあ」

「でも、おかげでおいしい桃も食べられてよかったわよね、ミカちゃん」

地味子の言葉にテーブルを見上げると、落ち着きを取り戻したミカがダイナさんが剥いてくれた桃を食べている。これでまた、桃のようなミカのお尻を包むことができる、そう思うとあたしは背筋が伸びる思いがした。夏ももう終わる。

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