鏡
鏡を見ている時間が増えた
鏡に映る自分は自分が知っている母にやたらよく似ていて
自分が知っている母というのはつまり四十八歳以前ということで
六十一の自分が五十前の母と似てるってどうなんだとか思いつつ
年だけとってまったく成長しない
こんな年になって一体何やってんだと
そう思う一方
平日の早い時間に外を歩くと自分と大して年の変わらないような人が町に出ていて
そういう人の持つ年齢なりの雰囲気とか見てると
果たしてこれがあらまほしき姿なのかかっつーと
人によるよね……なんでもね……
老けりゃいいってもんでもないし若く見えることだけが善でもなかろうし
工事現場を通りかかったとき
切々と何かを訴えている人がいて
このままではまた何年も病院に通うことになってしまう
とにかくなんとかしてくださいそうでなければ本当に電話しますと言っていて
その口調が
一時期行きつけのスーパーに設置されていた公衆電話でよく見た人と似ていて
その人はいつも電話口に向かって何かを切々と訴えていたのだけれど店頭から公衆電話が消えてその人を見かけることもなくなって
(行くと見かけたので季節的なものではなかったのだと思う)
もし工事現場の人とスーパーの人が同じならああ元気だったのかと安心すればいいのか容体が変わってないのだなと心を痛めるべきなのか
違う人だとしたならこの町には自分の他にもしんどい人がいるのだなと
人は自分を映す鏡とは言うが
このところ若干攻撃的になっていて
多分それは
攻撃されたくないからなのだ
攻撃的な人が目につくのもそう
そういう
概念的な鏡ではなくて
実際ある鏡に映るのが母の顔だと
これもう逃げ場がないっつーか
気候体感的にはもう夏なんだけど気分はちゃんと春愁っつーか
失業と割とタイトめな負債とで首が回らない状況にあって
いつもの春駄目感に浸ってもいられず
鏡を睨みつけてる







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